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其の二『「灰の人」はいまを予見した!!』

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maro.taidan.b

其の二『「灰の人」はいまを予見した!!』



この間の天賦典式の「灰の人」を拝見しまして、時期が丁度3月の大震災の後だったんでよくああいうものをなさったなと思えたんですね。
日本舞踊では大地震や原発のことはテーマにしづらいんです。
江戸の近世のものが作品に現れるという枠があるから、具体的にそれらに対応する振りもない。
そういう中でやってしまうと、妙なまがいものになってしまうんですね。あれは何がきっかけでお作りになったんですか?

麿
創ってたのは震災の前だけれど、やっぱり大げさにいうと世界の動き方がおかしいという危機感があって、人口や経済や言葉その他、その肌感覚として。
裸でいますからそういうのが敏感に入ってくる。それはもちろん皆さんがもっている感覚だと思うけど、いつか何かはあるだろうという予兆はありますよ。
でも終末思想になっちゃうのも嫌ですから。
アインシュタインが発見した世界は偉大だが、舌を出したあの写真を見ると、やっちゃった俺そういうつもりじゃなかったのに、という顔に見えてくるというね。


いいと思って作った。
発展のためだと思ったはずなんですね。

麿
火山のシーン。あれもベスビオス火山とかで、西暦79年とかの時代。
あの時代でも同じようなことがある。世界中でそういうことは自然現象としてある。
そういうものに対しておののいている人。
灰をめぐっての、汚れなき餓鬼の頃のイタズラと、アインシュタインの汚れなき発見と、で今に至るというようなこともあるかもしれない。
ベスビオス火山を掘ったらその中に空洞がある。それが人間の形をしている。
その存在が凄い。またそこに八百屋お七が入ってきたりする。火付け娘。
考えようによっては、火付けは一つの快楽かもしれない。
たぶん踊り(日本舞踊のお七)の解釈は快楽までいってないんじゃないでしょうか。
それは時代の流れですよね。


純愛物語に仕立ててますね。

麿
でもそれも同じようなことなんでね。
重力から解放されるために、燃やしちゃう。
それが逆に生きる力みたいなことにもなると思う。悪いかいいかは別にしてね。
そうしか生きられない人はいっぱいいると思うんですけど、そういった人を救うみたいな。
灰。
燃やしちゃえっていうのは神様にも通じているっていう。破壊の神様もいる。
何でも神様にしちゃえって(笑)。
また寺山修司の「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」なんて歌もある訳じゃないですか。


束の間なんですね。

麿
何でもかんでもが震災とかそういうものがあると繋がってしまう。
いいときも悪い時も。


そう。繋がるんです。

麿
今回こういうことがあると、逆に現実の方が凄いななんて。


あの時期にいろんな催しが中止されたり延期されたりしましたが、ようやく能の「隅田川」と麿さんの「灰の人」に行きましたが、逆に能は妙に緊張しちゃって駄目なんですね。能は鎮魂であるからなんて言って。
隅田川も相当な中身だったならば、あの時やる意味ってのを感じたんだろうけど…。
そういう意味でいうとあの時麿さんも震災を意識せずに創ってたけど、逆に成功した。
ふだんから時代をビビッドに感じていくというのが芸能ではないかという気がするんですね。

麿
論理的にはわからないけど、体のセンサーみたいなものがあるような気はしますよね。


それがそうじゃなくなっちゃうと、芸能としての力を失っていくんで。
今回はまざまざと「灰の人」でそういうものを見せていただいた。
時代と関係なかったり、古典では技術を磨くとか美しくあるということばかりに走りがちですからね。

麿
そういうことを既に通過しているということもあるんじゃないですか。
実際に関わっているということを通過して積み重ねてきたこともあるんじゃないですかね。
その基本のリアルは同じだと思う。荒唐無稽でもいいんです。
その距離が遠ければ遠いほど、その孕みも大きく深い。
ここに居るということ自体がすでにそういうことを背負っているんだという気持ちはありますね。
それを背負って生き抜いているというそういう引力みたいなものはあるんですね。
それは感じていますよ。


ああいう作品をつくるときは、イメージがバラバラにあってまとめていくものなんですか。

麿
最初はね。ネタねーなって。(笑)
からっぽだって。
それを先取りしようと。
私は抜け殻ですとか、燃え尽きましたっていう。
何かがあるのかなって。
抜け殻なんですよ。詩的な面もありますよね。灰の中に。
マイナス的な要素。もともとマイナスからできているんですからね。
無常だ、惨めだとかいうことを運んでいく。
そういうことを自分なりに何か。
何もないって軽いな、灰みたいだな。
むしろ軽くなったという感じでやってみようか。


最初に灰というイメージがあって、そこから色んなものを引っ張り出していく。

麿
そう。古の人は灰についてどう考えていたのか。
聖灰。花咲じいさん…


灰を枯れ木に投げて、花が咲くなんてのは不思議ですよね。

麿
再生の何かが入っているからね。
それから死の灰もあるし、火山灰や…とにかく灰づくしでいこうと。
シンデレラもフランス語で灰の意味だとそれで覚えましたよ。
何で灰なのか。
それは結局媒介物なんですよね。人類学者もそういうふうに言うしね。
竃の灰なんかも、そこからどこかにくぐり抜けられるとか。
妄想でしょうね。ここなんかやだ、どっか行きたいって(笑)。
しかしその中には一つの可能性がある。
シンデレラなんか王子さんと一緒になっちゃってあれでうまくいくのかなって。習慣的に大変だろうなって。


話はかわりますけど、麿さんのところは若い人の育て方なんてのは自由になさってますか。

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