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其の三 『45度と60度』 -15度に隠された技と心と体-

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数学で日舞する!?


其の三
『45度と60度』
-15度に隠された技と心と体-


<柳谷>
黄金分割で綺麗になっているものは、一回見たら飽きますから。
ほんのちょっとゆらぎがないといけない。
村さんがよく言うように、前と後ろと左右は動けます。
その次は前と右の真ん中に動いてと言えば四十五度。本当は六十度が綺麗だとして、昔の人と違うから、今の人が習うときは四十五度を教えてあげないと、ちょっとづらして六十度ができない訳ですよ。
微分積分の基本的な計算を先にやっておいて、ちょっとづらしてやると綺麗になるんだけど、基礎をできてなくてやると土砂崩れになる。

<村>
目安としての四十五度なんですよね。
四十五度八方向を満たしていると形が一応綺麗なんだけど、実際は四十五度よりも六十度の方が何故か綺麗なんですよ。
皆体が違うから、皆四十五度で綺麗かというとそうは言えないんだけど。
ドイツのルドルフラバーンという人が天球の中に人間が入って、二十四方向と言ったんですね。上に八方向。下に八方向。平に八方向。
これが満足できればを綺麗な訳です。すごいけど、実用にならなかったわけ。
だから僕としては四十五度八方向と言っているわけだけど。
もう一方で、楳茂都流に六方の備えというのがあって、その六方向というのがなかなかわからない。
というのと六法というのが東西南北天地だと言われているんだけど、はたしてそれなのかどうかよくわからない。
それからお能の柱は中央から見て四十五度なんだけど、能役者さん達はちょっとずらして演技している。そうするとおよそ六十度なんだよね。
そうする方が観客席から美しく見える。お能もずらしている。そういう現実がある。

<柳谷>
真っすぐやっちゃうと柱によって視線の先がとぎれるというのは一つありますね。

<村>
それと舞囃子で謡の皆が目付柱の方向に向くんだけど、これも若干ずれている。
演者ではない謡でもそういうことがある。
そうすると全体が満足できるということらしいんだ。
これも体験智だね。言わなくてもわかっていたんだなって。

<柳谷>
日本の場合は体験でわかっていることがその人達だけに伝わっているんですよ。
ヨーロッパでは、体験でわかったことが、70でも80パーセントでもいいから皆に言っておいたほうがいいという。
それが合理主義。

<村>
物理ってさ過酸化水素水に二酸化マンガンを加えたら酸素が出る。
誰がやっても同じ結果になるのがいい訳でしょう。
ところが僕らが今やってるのは、もしかしたら心が違ったら酸素が出ないんじゃないかってことを僕は言いたいのね。
そういうことを僕らはやってるんじゃないかって。

<柳谷>
化学反応で教科書に出てるのは綺麗にできるのばかり。
水の分子がH2Oって言ったってH2Oが何個かくっついているんですよ。

<村>
なるほど。H2Oだけじゃないんだ。

<柳谷>
四つになったりくっついたりしてるし、過酸化水素を作るにしてもその途中の格好があるわけです。
だから最初と最後だけ見ても駄目なんです。その途中を大事にするかどうかの問題。
本当に科学が好きな人は途中が大事な訳ですよ。
試験管の中で起こる反応と、おおきな工場のサイロの中で化学物質を作るのとは全く違う技術で、同じ温度にはならないじゃないですか。
一人で踊るのと、皆さんで踊るときとでは、やはり少しは踊りが変わらなきゃいけないというのと同じ。化学反応ですからね。

<村>
そこなんだよね。

<柳谷>
みんなで揃っていれば綺麗という訳じゃあないですから。
ラインダンスじゃないですから。
ラインダンスは足が揃っていたら綺麗ですけど、日舞の場合は必ずしもそうじゃないという気がする。

<村>
バレエのコールドみたいにやってるところもあるけどね。
茶碗をつくるとき釜を3000℃にすれば絶対にいいものができるかというと、そうじゃなかったりするじゃないですか。

<柳谷>
そう。だっていつも3000℃じゃないから。その度に変わるから。

<村>
本来科学は、3000℃で焼けば同じものが出来るということを目指してる訳でしょ。
なんかそこがわれわれの場合そうじゃないんだよね。

<柳谷>
鎌倉の鉄で刀をつくろうと思うと、やっぱり天才が必要なわけですよ。
トンテンカンやる人、目で温度がわかる人…。だけどいっぱい鉄をつくろうと思ったらその80パーセント、85パーセントのレベルの出来でいいやと思うことも必要なわけですよ。
いっぱい戦闘機作って戦争に勝とうと思ったら、純度の高い鉄をいっぱいつくろうとおもってもつくれないから大量生産の方がいい。工場とはそういうもの。
日本の場合には純度の高いもの作ろうって気があるから。
それは和算もそう。和算の場合は各流派が出来ちゃうから。和算の道場があって、道場やぶりまでいた。
町娘がお茶を習うように和算の道場に通っていた。これは寺子屋とは全然違う。

<村>
一種のブームになった訳だね。

<柳谷>
寺子屋さんではお店で使うような数学を習うわけですね。
それでもかなり難しいです。そろばんで三乗根だしたり。けっこうすごいことします。
そうしないと大工さんの一番上にはなれないですから。大工さんは曲尺で三乗根をやります。

<村>
なるほどね。

<柳谷>
それだと百人に一人くらいなんですよ、ちゃんと育つのが。
大番頭さんはそのレベルなんだけど、そこまでいけない人は手代さんどまりになるわけです。
それを皆が出来るようになるっていうのがヨーロッパの数学だから。

<村>
そうだね。

<柳谷>
村さんおっしゃるみたいに、日舞に入門する人は専門家になる人ばかりではないですから。
専門家になる人はここかな、ここかなという稽古も必要。

<村>
専門家になる人じゃない場合、四十五度八方向が一番いいんだけどね。
それで少し進んだらずらしてあげてね。

<柳谷>
うん。それが教え方。
数学教えるときも最初から六十度教えたらその子の才能をつぶすことにもなりかねない。
でも六十度から教えることもできる。
六十度が難しいから、四十五度がやりやすいからそれからやっていこうというとその楽なのだけ覚えて六十度やんないっていうのが今の世界。日本の教育。

<村>
あとは六十度だったら、自分にあってるのは五十八度かもしれないし、六十五度かもしれない。自分にあってるものまでいけずに終わっちゃう。

<柳谷>
おわっちゃう。
そこまで一生懸命やんないから。
そこまで一生懸命やんないと個性って出ないでしょ。

<村>
出ない。
それと同時に自分自身も年をとったり体がふとったりやせたり、心の状態が変わったりするから、それによって本来は変わるんだよね。

<柳谷>
その変わる時に、変わったものを表現できる技術っていうのは、最初に習ったことを百編やってこいって言われて百編やると、そういうことができるようになる。そうすると自分が力がなくなったなと思った時にはこうやって動かせばいいとか応用が効くようになる。

<村>
僕でいうと四十五度八方向に戻ればいい訳です。

<柳谷>
基礎に戻って今だとどのぐらいだせるかなとやるとできるじゃないですか。

<村>
こんなに変わってきちゃった自分を自覚する。

<柳谷>
十二歳ぐらいってゴールデンエイジって言うんですよ。
サッカーでもキックやドリブルなんかの基本動作を徹底的に教えるんですよ。

でも日本は勝ち方を教えたがる。
だから選手は一所懸命やっているんだけど、いざというときにシュートがクロスバーの上を飛ぶ。あれはキックの仕方が悪いんですよ。
同じことが悪く出るのは、新体操、体操で、日本の子って小さかったじゃないですか。
十二歳ぐらいで一旦、体は安定する。そうすると機械的に動ける。
その体型をくずさないようにするんですよ。だから纏足と同じ。
これは僕ほうぼうで言ったんだけど、体操の人に相手にされなかった。(笑)

だって子供の体型保つっておかしいじゃないですか。だからコマネチさんには価値があるんです。
あの時代に金メダルとって、その後女性のふっくらした体型になってもう一回とったじゃないですか。
あれができるということを証明したということはとっても大事なことで、やはり十二歳頃から基本の練習をしていたということだと思うんです。

<村>
そうですね。
バレエなんかが割と纏足に近い体つくるじゃない。
それがまた皆それで美しいという強迫観念がある。
まあもちろん太ったバレリィナがいてもちょっと困るとこある訳だけど、その考え方と、日本舞踊とか古典の肉体の考え方とは僕はまったく違うと思うのね。

<柳谷>
僕もそう思います。

<村>
痩せていればいいという話ではない。
例えば、前もってストレッチをやるわけでもない。
こっちは今寝てて起きてもいきなり踊っちゃうから、筋肉運動でもないし。
その辺がまったく考え方が違うんだっていうのがね。
考え方も、実際も違うんだよね。だから纏足や、筋肉運動の考えにあんまり偏っていったら日本舞踊や日本の古典芸能は感覚的に駄目になっていっちゃう。

<柳谷>
うん。
だってラインが全く違いますから。
バレエは人間の動きの自然の動きじゃない方に曲げさせてます。
もちろん綺麗ではあるけれど。短い。

<村>
短い。命が短い。
現役時代がね。

<柳谷>
痛さで麻薬打っちゃう人もいる。
アンナ・パブロワがそうだったという話がある。痛くて薬打って。
よく村さんと話してるときに、小手先で踊るなとかいうじゃないですか。

<村>
うんうん。

<柳谷>
小手先で踊ると基本的にバレエと同じようになるんですよ。
手首から先を動かそうとしたら、手前の上腕二頭筋を使っているわけです。

基本動作をちゃんと習っていれば、年をとってもそれぞれの筋肉をちゃんと使って人間の筋肉の自然な動き、全てにちょっとづつの負担がかかる動きができるわけです。
うまい人が踊るのと、あまりうまくない人が踊るというとき、うまくない人はこの上の方を最初に意識するという練習をしてないから。
リズムが早くても必ずこっちから動かすように、上の方から徐々に人間の体は動くということをちゃんと練習していれば、遅れないわけですよ。

<村>
そうですね。
動きも大きいです。

<柳谷>
絵壬乃さんが踊ってるときは手を動かすときちゃんと上の方から動いている。
今肩甲骨つかったなみたいな。(笑)

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