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其の二 『ゼロと無』 -和と洋 似て非なるもの-

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数学で日舞する!?


其の二
『ゼロと無』
-和と洋 似て非なるもの-


<村>
今の算数や数学と違って、江戸時代の人達なんかもっと身近なところに、お寺だと算額というんですか、がありますね。
いわばクイズ形式になってて円の中の三角形の面積を求めよだとか、相当難しいですね。
それが普通の人達の間で話題になって、皆でクイズを解くような。
それが今だと学校の勉強で1+1からやんなきゃいけなくなっちゃって、全然面白くない。(笑)
基礎って大切なんだけど…日本人の基礎って何か違ったことをやるみたいなのが…

<柳谷>
それはありますね。
日本人てあんまり、皆が全部やんなくてもいいというのがあります。
微分積分ってニュートンがつくったとか言いますが、ニュートンは皆が微分積分を使えるようにしたんです。
これがニュートンの功績なんです。ニュートンの先生もえらかったんですが、先生と、ニュートンと、ドイツのライプリッツという人が、あまり頭よくなくても努力をすると皆が使えるようになる形にしてくれた。
彼らがいないと、僕は数学者になれていない。
それ以前の人なんてめちゃくちゃ難しい計算をしてますから。
ニュートンは自然がどうなっているかを知りたかったんだけど、日本は目的の前に遊びがありますよね。それが面白いかな。

<村>
日本ってゼロってないんでしょ?
なかったんじゃないのかなと思うのね。一からじゃないかって。
西洋の算数はゼロがなければ一がないように思うんだけど、日本は例えば年の数え方が、産まれたらいきなり一歳でしょ。
本当は産まれて十二ヶ月はゼロ歳でしょ。(笑)
あのへんが…ゼロがないって言っていいのかどうか、僕はわからないんだけれども…

<柳谷>
産まれた時もう一個人。

<村>
ゼロ個人じゃない。(笑)
そのへんが、基礎からという考え方が日本の算額、和算と、西洋の算数、数学の考え方が違うんじゃないか。

<柳谷>
それは、やっぱりはっきり違いありますよ。
だから日本は微積つくれなかった。
日本にゼロがないわけじゃない。何もないという概念はあるんです。

<村>
無でしょ。
無というのはゼロじゃないでしょ。

<柳谷>
うん。ゼロじゃない。
ゼロというのは、21と201の違いをつくるのがゼロなんです。
何もないというゼロはずっと昔からある。でも日本の無って違う。

<村>
違うでしょう。
無限大もあるけど無限小もある。だから無に囲まれた中に有が飛び出してきた感じ。

<柳谷>
自然がね、日本はヨーロッパに比べて優しいんですよ。
あんまり敵対してない。
ヨーロッパは自然が厳しいんで、敵対する。そうすると何とかしたいって気がおこる。

<村>
マイナスって考え方もないんじゃない、日本に?

<柳谷>
だから赤字で書く。それも言えますね。

<村>
ゼロが基本でプラスとマイナスというのが西洋式で、こちらは無ってマイナスも含んでいるじゃない。
だからすごく大きいよね。ゼロというのはただの点だけれども無っていうのは全部だよね。

<柳谷>
そうそう。
西洋でもマイナスが本当に認識されるのはだいぶ後なんですよ。デカルトなんです。

<村>
ああ。そうなんだ

<柳谷>
デカルトは座標をつくったって言うんだけど、フェルマーの方が今の座標に近いんだけど、デカルトがやったのは、数直線のゼロの左側にマイナスの数を入れたんです。
デカルトはルネッサンスの人だから、その前は実はヨーロッパではマイナスと書くことがなくて、だから方程式の解としてマイナスの数がでてきたら捨ててた。

<村>
なるほど。(笑)

<柳谷>
こんな数はないと言ってね。

また、日本の弓って下から三分の一くらいにつがえるじゃないですか。
でも西洋の弓は真ん中。あれも実践からです。西洋は左右対称が好きだから真ん中。
日本は下から三分の一。非力でも遠くに飛ばすために。下から三分の一の弦が早く復元する。上の三分の二はゆっくりと復元する。真っすぐ引いても下が早く元に戻ることで手が上に上がり、遠くへ飛ぶ。

<村>
なるほど。わかるんだな。

<柳谷>
これで鎌倉幕府が蒙古よりもとにかく弓を遠くに飛ばす。
蒙古の弓は短いから、相手が入ってくる前に打っちゃう。馬の上から打ってるから。

<村>
うんうん。

<柳谷>
日本の弓は三メートルくらいあるんですよ。
三メートルの弓を馬の上とかでは使えません。ちょっと傾けたりしないと。その経験を積むんですよね。

<村>
なるほどね。
三十三間堂の百二十メートルの矢数。百二十メートルなんてどうして飛ぶんだろうって思うんだけれど、アーチェリーの方だとどの程度ですか?

<柳谷>
そのくらいは飛びますよ。弓を強くするから。引っ張れればいくらでも。
でも、竹の方はしなり方を調整してあげると非力でも飛ぶ構造になっている。
日本は真っすぐ引いても斜めに上がるから、遠くに飛ぶ。そして自分がどこまで飛ばせるかを自分で判断しなきゃいけない。
弓の摩擦の関係で右に曲がるようになっちゃうから、それも調整する。だから毎日練習する。

村さんがよく言うように江戸時代の踊りを習っていた人は、ここかな、ここかな、とやって、ああここだというのを見つける。
これは一番正しくって、その人その人によって体型が違うわけだから、綺麗に見える位置も違うんですよ。
六十度にしても、体型によって六十度に見えない人もいる。それから黄金分割が綺麗だからといって、全部黄金分割にしたら、心に余裕がなくなるから駄目なんですよ。一回見たら、次見たいとは思わなくなる。

<村>
そうですね。

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