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朝崎郁恵◇村尚也 対談「海のリズム 風の声」其の三

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朝崎郁恵◇村尚也 対談 完全版
『海のリズム 風の声』


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其の三
『唄と、踊りと、』
~島唄は地球の唄~




あの、お唄いになるときこういう風な仕種をなさってるでしょ(手を腹から胸に)。
あれはいつ頃からなさってるの。いわゆるピアノや何かとやるようになってからですか。

朝崎 
そうかもしれないですね。リズムをとるようになってから。

  
そうでしょう。手を叩くでもないし、なんでもなくて、こういうふうに沸き立たせてるでしょう。普通は上から下にこう打つんですがこうなさってる。しかも連続でやるから、何かねここにあるものを沸き立たせてるのかなって。

朝崎 
そんなこと言われる方がいらっしゃるんです。それで私の手を撮る方がいらっしゃるんです。プロの方で。

  
なるほど。違うんです。あれ拍子じゃなくてなんだろうなって。

朝崎 
自然に出るんです。

  
何か底からね、湧き出させるというか、引っ張りあげてくるというか。
おそらく洋楽器じゃなかったらああいう仕種をなさらずともす~っといけちゃうのかもしれない。

朝崎 
癖になってやってるから。

  
今度踊りの方のお話になるんですが、私共が恐れ多いんですが私共と踊らせていただきたいと思うんですがその前に、いわゆる奄美の方ではああいう唄に踊りがつくということはございますよね?あんまりないですか?

朝崎 
あんまりない。ほとんどないですね。でも一人だけね、花柳鶴寿賀先生が私と同じ加計呂麻島なんですけど、私の唄を聞いて何か身近にかんじて10年前くらいからお付き合いしてますけど、私の唄で踊ってらっしゃることはあるみたいです。

  
それは朝崎さんがお唄いになってではなく、CDか何かで?

朝崎 
そうですそうです。

  
今回は私達としては、非常に大冒険なんですけど。いわゆるまず歌詞が分からない、それから定間でこない、そういう二重苦三重苦のような(笑)、それでお能だと50くらいの型、日本舞踊だと900の振りがあるんですが、900もあるのかって言われるんですけど、僕なんか900しかないのかって思うんです。一つの形をやるために他が捨てられちゃった訳でしょ。それが朝崎さんのお唄を聞かせていただくと突然訳の分からない形というか仕種が出てくる。日本舞踊にない形が出てくるんです。僕達のは、いい意味でも悪い意味でも900に整理されちゃったんですよね。だからその整理前のもっと魂が突き動かされる動きがあったはずだと思っているわけです。

朝崎 
嬉しいですね。

  
そういうものがいわゆる三味線音楽、長唄だとか常磐津だとかそういうのを聞いていると900でおさまっちゃうしそのように踊ってしまう訳です。 だけど朝崎さんだと900以外になっちゃうんですね。 それが自然に出る。 でもだけど二度と踊れない。 朝崎さんじゃないけど次のときは違っちゃう。だからそういうことを沸き立たせてくださる音楽と
いうか。

朝崎 
嬉しいですね。奄美の唄そのものが、唄ってるなかでそういう楽譜に出来ないものがいっぱいぶら下がっているものがあるわけですね。ですから、クラシックをやられた方はちょっとできないんじゃないかと思いますね。ジャズとかそういう方達は遊びで出来るような感覚で、キューバの方とか出来るんじゃないかと思うんですけど、 楽譜見てだけの方は難しいんじゃないかと思うんですよね。

 
間とか拍の取り方も独特ですよね。
ンータ、ンータ、どちらかというとアフタービートのような。

朝崎 
そうです。ですから晴れと唄うのが はー(ンー)れー(タ)からはじまるんです。
そこの部分を理解できた時に、楽器をやる人達がわかるようになるんです。あ、これかとなりますね。どこから来たのか誰がつくったのか、それもまったくわからない唄なんですよ。

 
なるほど。日本舞踊の人は今ワンツースリーフォーになってるんですよ。でも本来はいちとーにーとーさんとーだと思うんですよね。でもそういう踊りが日本舞踊では消えていってるんです。ですから皆分かりやすい、いちにさんしなんですね。それが、いちとーにーとー…。

朝崎 
それ奄美です。

  
ですよね。ですから僕、ふっとね、これじゃなきゃいけないはずだと思っていたことが朝崎さんのお唄を聞いて。

朝崎 
よくお気付きになられましたね。

  
それは朝崎さんのおかげです。はい。でもそういうのはもう無いんだろうと思ってたんです。
それがあったんだって。それで非常に嬉しくなってしまって。

朝崎 
たぶん平家の皆さんがもってらっしゃったものが、かなり奄美の音楽に影響を与えているみたいなんですね。 奄美の人達と仲良くなりここに住むようになって唄を教えたり踊りを教えたり学問を教えたり、そういうことしてたみたいですよ。でそういうのが残ってるから日本の文化があの小島に残ったんじゃないかなぁと。それで方言は日本語の言語学者の先生。

  
なるほど。そうですか。特殊な博物館というか温室というか。タイムカプセルのようにして残ってたんでしょうね。

朝崎 
それを私が奄美からもってきて、今は奄美の唄も変わってきてますけど私達の時代に唄ってたものをそのままここに私は持って来ましたんで、そのまま唄ってますけど、それで奄美で若い人達の唄を聞いてますと、もう全然変わっちゃって、それこそいちとーにーとーも忘れてしまってて、誰がどうしていつの間に変わってしまったのかなって私は思いますね。たまに行って若い子達の唄を聞きますと寂しくなりますね。でも時代とともにね変わっていくのも仕方がないんですけど、あまりに変わってほしくない。基本的なものとかね。私たちの時代はそれこそ水を山の麓のいじゅみというところに神様のお水があり、午前中から一日水を汲むのにかかっていた。そういう時代と今水道をひねれば水が出てくる時代とはもう変わってますから、それも仕方がないなというふうに思う時がありますけど。唄わないよりは、そういう形でも唄ってくれた方がいいなあと思います。

  
例えば仏像が祈りの対象であったけれど、今は美術として皆さんご覧になるでしょう。それはそれで価値観としていいんだけれど。お唄も切ない思いをのせたり、自然を自分の中で読み込んでいったり色んなことがあったんだと思うんだけど、それがなくなっちゃって、唄だけで音楽だけで聴こうとすると、これはちょっと聴けないというかわからない翻訳不能、理解不能の音楽になってしまうでしょ。それを朝崎さんが本当は気持ちだとか心とかが大切なんだけど、とりあえず音楽として楽しんでもらって、その後奄美の心とか日本人のもとの心に還っていってほしいっていうように僕には聞こえるんですよ。

朝崎 
ありがとうございます。奄美大島は古代縄文時代から自然信仰なんです。それで神は自然そのもので自然と一体で生活を営んで、自然を大切にしていた民族なんです。それで太陽、お月様を拝み、仏様神様は自分たちを助けてくれるものだって。いかに大自然を拝んで生活を営んでいたところかっていうのが唄にも残っているんです。

  
まさにつながり、神様とか大自然だとかとのつながりの息が唄になっているような気がいたしますね。ですから踊りも、今の音楽が作品を作るという意識になったように、踊りも作品を作るということに切り離されてると思うんです。それが朝崎さんのお唄やお心を伺うと、自然や神様との通い合いの中で産まれた、作品とか音楽だとかいうものの、そのもうひとつ前だったり或いはそれを超えたところの唄でしょ。

朝崎 
私もよく思ってましたけど、そういうものを表現できる踊りの方がいらっしゃらないかなぁって。

 
僕達の課題は、私たちの踊りは江戸時代に出来てまして、その前がお能とか狂言の室町ですね。で、どうしても室町、江戸時代の感覚で振りができちゃってるんです。ですから今お話し伺っているとこれよりもっと前でしょ。だからそれが正直言って僕たちのなかにテクニックとしてはないんだけど、でも何かその辺の魂に触れられればできるんじゃないかって思ってて。でも長い目で見て下さいね。(笑)

朝崎 
そういう方とお会いしたいなと思ってましたね。それは時間の都合とかでなかなかお会いできないんですけど、お会いできた時には本当神の引き合わせだと私は思ってます。奄美の唄で舞というか身体の表現ができる人がいらっしゃるといいなとずうっと思ってました。奄美大島でも自分のこんな大事な宝物があるのに、戦後の流行歌で踊ったりそんなことしてるんです。すごく悲しいですね。奄美の唄でなんとかならないものかなとずっと思ってました。そこまでやれる方って私が言っても理解ができないんでしょうねとずっと思ってきましたけど。

  
韓国にはサルプリだとかスンムだとかいう民俗舞踊なんですけど、魂の舞があるんですね。僕としてはとっかかりとしてそのイメージがあるんですけど、日本の舞踊は近世、室町、江戸のものは言葉につくんです。月がと言えば指で差したり丸を書いたり。でも朝崎さんの歌は言葉につけないなって。わからないという事じゃなくて、言葉につかない方がいいんじゃないかって。

朝崎 
韓国のミュージシャンが私のライブを見に来て、その子達が自分達はあんな風には歌えないんだけど自分達のおばあちゃん達が唄っていた唄にそっくりだって言ってたようです。韓国のお年寄りの前で朝崎さんが唄うと泣きますよって言われました。だからルーツなんでしょうね。

  
そうかもしれない。ルーツなんですね。だからリズムというと言葉は違うんだけど、拍の取り方なんかが今言ったサルプリと非常に似てるんです。それで思うところがあって。日本の踊りは韓国、朝鮮半島の影響を本当は受けている。なのに意識的に消しちゃったんです日本人が。これはまずいんですね。受けたものは受けたんだから、そのことをちゃんと理解するとわかることやれることが沢山あるから。そういう意味も含めて元というか大和のお唄である。

朝崎 
そうですね。大和言葉。逆に、沖縄は中国文化が入りまして、奄美は日本独自の、日本の文化なんだと私は思いますね。大昔は今以上にさかんに貿易があってあっちから来たりこっちから行ったりしてるので、ネパールとも似てるしチベットとも似てるという唄があるんですよ。もちろん韓国もですけど。ですからそういう唄がいっぱいあって。昔三味線などの音がまだなかった時代の唄がよく似てるんです。不思議ですね。

 
あーやっぱりねぇ。もしかするとそれは世界の唄なのかもしれないですね。地球の唄。

朝崎 
もともと奄美の唄もそうですけど、三味線で唄う以前の唄をずっとずっと突き詰めていきますと名曲になりますと裏声が多いんですね。それはもう神唄に近いんです。そこまで行くんです。深いんです。

  
朝崎さんがおっしゃってる裏声ってあの高いふっとしたお声のことですか。

朝崎 
あの、物悲しく唄う唄が神唄なんです。

  
あの僕それ伺っていいもんかとずっと思ってたんですけど、あの高い音で裏にかえりますよね。あの響きがたまんないんですけど。神唄!そうですか、そうですか。

朝崎 
私の集落はすごい神祭りをするところで、10月になりますと、集落100軒くらいあるところからお米を一合づつ集めて、お神酒を作るんですね。そこの集落に5人くらい女性の神人?がいるんですけどね、普通の奥さんです。それで一人男の人がいるんですけどね、神主がいて、その女性たちがその時期になりますと、神山と神道があって、とね家というお神酒をそそぎ唄を唄って神様を降ろす場所があるんですけど、その時太鼓叩いて裏声を出して唄うんですね。その隣が私の家だったんです。それで余所の子達は聞かないんですけど私は小さい頃からあー神様がまた来たのかなって思って聞いてまして、それでそのとね家というところで神様を降ろしたりお送りしたりする唄があるんです。そこにはあさげという処が隣にあって、それは壁のない家で神様がいつでも出入りできるようになっているんです。それでそこの隣には必ず土俵がある。それは天照様がお相撲好きなんで。

  
はーそうなんですか!へー(笑)

朝崎 
それでその旧暦の8月15日は満月の下で昼間は大人から子供まで相撲とったり夜は夜を徹して踊りあかすんです。太鼓を叩いて。それが8月おどり。そういうことをやる村なんですよ。私は小さい頃からそういう音をよく聞いてましたんで私の唄には、その音が入っているのかなと思います。

  
はーあの切なさはそれですか。そっか。あの裏声で届いてあれで架け橋になるんですよね。そういうことですか。さあもう制限を遥かに超えました。(笑)そういう訳で「島の先生」をきっかけに皆さんが奄美の唄に触れていただいて、それで日本の原唄と原音楽に触れていただき、その次が日本舞踊。何とか原日本舞踊ができないかと、そういう訳でご協力いただきまして、しばらくは長い目で見てください。(笑)
いきなりは難しいかもしれませんが長い目でお付き合いさせていただければと思います。今日はありがとうございました。

朝崎 どうもありがとうございました。


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