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朝崎郁恵◇村尚也 対談「海のリズム 風の声」其の二

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朝崎郁恵◇村尚也 対談 完全版
『海のリズム 風の声』


marosan   

其の二
『唄者の家系!』
~唄は平家の昔から~




今日は朝崎さんのことも奄美の島口のこともご存知じゃない方が対象なんで初心者のような質問をさせていただきますけど、奄美大島の島唄はどういった方からお習いになったんですか?

朝崎 
私の場合は親が。 私の家には物知りの唄者(うたしゃ)のおばあちゃんがいて。江戸の末期に産まれたばあちゃんがいたんですね。そのばあちゃんからずっと続いているんです。ばあちゃんも父親も母親もやっていましたし、それに私も。家業。父と母はいとこ同士なので、母も唄は上手だったんです。

  
ほとんどご家族でつながっていくものなんですか。

朝崎 
そうです。小さい頃から母のお腹に入っている時から聞いてたんじゃないかなぁと思いますね。ですから小さい時やっていたということは本当に強いですね。100曲近く唄があるんですよ。それで歌詞が3000とも4000とも言われるくらい沢山あるんです。

  
曲が同じでも唄が違うということですか。

朝崎 
どの曲にでも歌詞が使えるように共通歌詞になっているんです。別れの唄を別れの詞で唄を唄う。恋の唄を恋の詞で唄を唄う。曲は一つでも。それこそ平家の時代今から800年ぐらい前平家の落人が壇ノ浦で敗れて奄美に来たその時代の唄と、600年前は琉球王朝に奄美が支配されていたその時代の唄、400年前は薩摩、その時代時
代によって唄が作られているから歌詞もいっぱいです。それでその平家の時代に平家の皆さんが大変音楽に影響を与えたと言われている。それがちゃんと唄に残っているんです。ですからお話しますととても深いんですよ。平家の時代には清盛の孫の資盛、行盛、有盛が奄美に来て、その人達は笛の名人で。歌舞伎の原型になるものが加計呂麻島(かけろまじま)にありますけどね、諸鈍(しょどん)というところがあって、そこに資盛公の居住地があるんです。そこに歌舞伎の原型になる男性だけが踊る芝居小屋があって残っている。平家の清盛の子孫が来てますので、ちゃんとそこに残しているんです。

  
諸鈍シバヤ(芝居)と言われてますね。それはご覧になっているんですか?

朝崎 
はい。去年も行きまして、毎年呼ばれるんですよ。ですからあまり皆さん知らないですけど、奄美というところに日本の文化が残ってるんじゃないかと言われています。何故かと言うと平家の皆さんが来た島なので情報もどこにも流れないしどこにもいかない奄美だけのものがそのまま残してある。だから大和言葉がいっぱい残ってるんです。

  
戸口という場所がありますか?あそこから平家が入ってきたと言われますね。

朝崎 
そうです。最初は鬼界ヶ島。それからもっと南へ、私が産まれた加計呂麻島まで来てるんです。そこで傷つけあっていた平家の皆さんが残した唄とかあるんです。こんな平和なところに来て自分たちは生きてるけど、敦盛という資盛公のいとこですね。敦盛のことが忘れられない、という唄があるんですよ。

  
そうなんですか。そういうお唄もライブなんかで唄われるんですか?

朝崎 
ライブではあんまり唄わないんですけど、歌詞はときどき唄うときもありますけど。それを唄う唄はちゃんと選んで唄わないと。やっぱりそれにあったメロディーがありますから。

  
そうですよね。もともとお唄の伴奏は手拍子とか波の音だとかでなさる訳ですよね。ライブではそればかりではいかないでしょうから、三味線とか。

朝崎 
三味線も琉球から入ってきて三味線で唄うようになって、今から百数十年前なんですよ。 二百年経ってません。 最初は風の音や波の音で唄っていた唄なんですよね。ですからいつ頃出来たのかそれも分からない。例えば縄文時代とかそういう時代からずっと楽譜もなく文字文化もないですから親から子から孫へと口伝で伝えられてきた唄なんです。本当日本で一番古い唄だとされています。

  
やはりご自身のお唄は三味線とか無い方がかえってやりやすいですか。

朝崎 
そうですね。小さい時から三味線で唄ってましたので三味線もそうなんですけどピアノで唄うようになって、ギターや色んな楽器で唄うようになって、それから三味線よりそういうものの方がいいなあと思うようになりました。

  
そうですか。かえって三味線よりも。ピアノやギターの方が。それはなんででしょうね。

朝崎 
なんででしょうね。やっぱ三味線にない音が出るって言うんでしょうかね。15年前くらいに私がピアノにしちゃったんですけど、奄美では洋楽器でやる人はいないんです。私しかいないんです。 だからそれはやっぱり三味線でやってた頃、 テープをもって渋谷の問屋さんに宣伝に行ったんですね20年くらい前ですかね。 その時朝崎さん、 この唄は意味もわからないし、一曲からその次に変わったのも分からない、三曲聴くのが限界だと言われましてね。凄くショックで帰って来ましてね。その時東京新聞の夕刊に歌舞伎の市川猿之助さんのエッセーがのってまして、古いものは古いままで持っていたら生きていかない。ある程度創作しないと世の中に残っていかない。 ただの宝の持ち腐れになる。 自分もアメリカのカーネギーホールに歌舞伎を持っていったとき、最初はお客さんが帰る。今度創作して持って行ったら、すごい
お客さんが来て喜んで、 それを逆輸入したら日本の若い人達が歌舞伎を見るようになった、と書いてあるんですよ。でそれを見て、奄美もそうせないけないなぁと思ったんですよ。私がピアノでやろうと思ったきっかけはそれなんです。 それも洋楽器、 世界のピアノでやった方がいいなと思ったんですね。

  
うんうん。

朝崎 
でも楽譜がないものですし、どうやってやったらいいのかというのがありまして。でレコーディングの時に拍子でやってみたんですが、それでやるともともとの奄美の唄が唄えないんですね。

  
そうですね。4拍子とか3拍子とかいうもんじゃないですものね。

朝崎 
はい。 そうなんです。 最初の人はそうだったんですが、だんだん慣れてきて、今はそういうのもやらないで私が自由自在にやって、ピアノをやる人達が私についてくれるというように変わってしまって、それからどういう楽器でも唄えるようになったんです。 つける人は大変ですよ。(笑)

  
そうですね。私に付いて来いということですね。(笑)

朝崎 
はい。(笑)そういう風なことで、この唄がここまできたのは歌舞伎のその方の文を見て気持ちが変わったんです。それまでは全然何にも入れない。三味線だけでいいという感じだったんですけど、それじゃあこの唄は世の人々、本土の人々が聞いてくれないと思ったんですね。

  
もともと朝崎さんのなかに、この島唄をどうにかして皆さんに聞いていただこう、広めていこうというお気持ちがあったから、その文章に共鳴なさったんですよね。きっとね。先程三絃だけじゃとおっしゃってたけど、朝崎さんのお唄自体、音程が違ったり、拍が違ったり色々とありますよね。

朝崎 
そうなんです。今唄って次に唄ったらまた変わっている。

  
いわゆるキー、絶対音階、平均律というのとは違うわけですよね。

朝崎 
沖縄のものともまったく違いますしね。音階が。

  
あれはピアノが入ったことで…。

朝崎 
そうなんです。ピアノが入ったことで皆さんが受け入れられるようになったんです。

  
朝崎さんの唄ってどこに飛んでいくか分からないんですよね。なんかね、音だとか魂だとかが揺れ動いているみたいでつかみにくいんですね。でも、それが本当なんだろうなって気がしてる。僕たちは、平均律とか西洋の音階に慣れちゃってるから、時には不快になることがあるんですね。ところが吉俣良さんのピアノが入ることで翻訳というと変なんだけど、この辺の音なんですよって言ってくれると、ああそうかぁっていうね。つかまえやすいのね。逆に言うとそれは吉俣さんのつかまえ方であって、本当は違う僕のつかまえ方もあっていいのかもしれないと思うんだけれども、でも一つ見本をあの音で示して下さると非常に捉えやすいって。 「あはがり」とか「おぼくり ええうみ」とかがポップに聞こえるのはこの出会いがあってですよね。

朝崎 
そうなんです。 どういう楽器でも出来るんじゃないかと今は自信持ってます。

  
ということは何か違う楽器のこと考えてらっしゃいますか。

朝崎 
はい。色々。世界の楽器で。NHKの皆さんはニューヨークのジャズをやるところに私をポンといれて唄わせたいと言ってますけどね。そういう方は多いんですけど、私は飛行機が怖いんで乗れないんです。3時間くらいは乗れますけども。一度どこの国だったかな、自分のところと似てる唄を唄っている人を探しにミュージシャンの方が来て、その方は日本のもともとある音楽を探しに来て3年になるけど全然さがせない、だけど私の唄に出会ってこれだ、これだったらという訳
で向こうのテレビ局(日本のNHKのような)が来てくださって、向こうにもっていったというのもありました。YouTubeとかほとんど外国の方からオファーが来てるみたいですよ。私よくは知らないんですが。日本より外国の方が多いらしいです。

  
そうなんですよね。 僕達、西洋の音楽に慣れてしまっていますが、もとの唄というか、 元日本の唄みたいなものを、ああこういうことかって思うっていうことですよね。でも生だとちょっと私達が分からないっていうか。そこがね。

朝崎 
そうですね。私の所にお稽古にきた大学生がいるんですけど、西洋音楽聞いて育って、自分たちのルーツはどこにあるのかと思う時があるんですって。それで私の唄を聴いてこれなんだ自分達のルーツはって思ったときに、涙が溢れてとまらなかったという大学生がいました。色んな表現を聞いてくれてそういう方がいらっしゃるんですよ。

  
そうですか、そうですか。いわゆる標準語で唄う唄はご苦労が多いんですか。

朝崎 
そうですね。譜があります。(笑)吉俣さんが作ったのにちょっとじゃなくて相当違反してますね。(笑)私自身に唄いやすいように唄っています。で吉俣さんがそれに合わせてる。(笑)もともとはああいう唄じゃなかったと思います。篤姫の「良し」という曲です。

  
そうですか。御心優しいメロディーじゃないですか。それをさらにね。

朝崎 ちょっと広げて唄ってる。(笑)


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